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| 最大限の自分に出会うために |
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ようこそいらっしゃいました。フコイダンストア店長の小宮正留です。
わたしが常々思うことのひとつに、「人と環境」というものがあります。人の環境は何によってつくられるのか、というものです。 |
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これにはさまざま意見があろうかと思いますが、わたしは「人の環境は、その人の思いによってつくられる」という考え方に共感を覚えます。
自然界に目をやれば、ひまわりの種はひまわりしか生やしませんし、柿の種からは柿の木しか育ちません。これはだれもが知っている自然界の法則ですが、同様のことは「人と環境」についても言えるのではないでしょうか。
つまり、思いと行動が種であり、その結実したものが私たちの環境であると思うのです。
ふだんの行動を見ればよくわかるのですが、私たちは知らないことはしませんし、やっていることは習慣や指示されたことを除いて、すべて思いに従って行動しています。(余談ですが、ウィリアム・ジェームズは「行動は感情の後を追いかけているように見えるが、実際には行動と感情は歩調をそろえて進む」と言っています)
この「思い」とは、その人の何を是とし何を非とするのかという生き方であり、「信念」あるいは「意志」と置き換えてもよいと思います。
なぜこんな話をするのかといいますと、私たちはだれもがその人生において自分の目標に到達すべきである、と強く考えるからです。
私たちはだれもが健康や幸福を願っていますし、事業をやっている方なら事業の繁栄を願っています。ところが周囲を見渡しても、幸福そうな人は少ない。苦悩を抱えている人のほうが圧倒的に多い。まるで幸福や繁栄をあきらめかけているかのようです。
これはどうしてなのでしょうか。私たちの周囲の環境が、私たちの幸福や繁栄することの邪魔をしているのでしょうか。それとも、これらを手にすることはもともと至難の技なのでしょうか。
幸福とは喜びであり、不幸せとは悲しみですが、ではこの喜びや悲しみという結果は、周囲の環境がもたらすものなのでしょうか、それとも私たち自らにその原因があるのでしょうか。それを知るには、「喜び」あるいは「悲しみ」となる原因は何なのかを探る必要があります。
喜びは、まず与えることによって、与える喜びと、それが返ってくることによる二重の喜びを得ることができます。これは非利己的行為になります。
いっぽう、悲しみの原因とは何でしょうか。幸せになりたいという願望はだれもが持ちますが、これが自己愛、つまり自己優先の利己心であってはならないと思うのです。
なぜなら、自己優先の言動や行動に周囲からの賛同はなく、周りと摩擦を起こし、ひいては非難されることにもなります。周囲からの支持なくして喜びが得られるわけもなく、これでは幸せどころか、逆に苦悩を抱えることになってしまいます。
このように、非利己的行為は喜びの、利己心は悲しみの源といえます。
また、先述したウィリアム・ジェームズの「・・・行動と感情は歩調をそろえて進む」の言からも、人間は感情の生き物とはいわれますが、感情に従って物を言ったり行動したりするのは注意が必要です。というより、感情ではなく、一貫性のある意志や信念に従った言動や行動をとるべきだと考えます。
なぜなら、感情に任せていると、激しやすかったりその逆であったりと、低次の自我、つまり、憎しみや嫉妬、羨望などから発する言動や行動につながりやすくもあるからです。
あなたも私も、天文学的な確率でこの世に生を享けました。そして、私たち一人ひとりに課された使命は、最大限の自分を表現して生きることではないか、と思っています。
私たちの心の奥底には、だれもが、真・善・美へのつよい憧れを持っているといいます。これらに光をあて、これらを表現しながら、最大限の自分に出会うべく、これからの人生を歩んでいこうではありませんか。
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2010年5月17日
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