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チャンスはピンチの形? ‘07年2月21日
チャンスが私たちの前に現れるときは、実はピンチの格好をしているのではないか。
一見、チャンス然としているものは実はそうではないのではないか、とおもえます。
たとえばピンチに直面したとき、誰も知恵をしぼります。
そして長短の差はありますが、試行錯誤を重ねながら解決へ向けて力をつくします。
この懸命な最中で、予期せぬチャンスを掴むことがあります。
あとになって、「あの苦境を乗り越えたのが転換期だった」などとふり返ったりします。
その人の持つ力以上のピンチは来ないといいますから、
こちらからひれ伏さない限りは必ず乗り越えることができるわけです。
そしてピンチをチャンス到来と考えるならば、憂鬱どころか力さえみなぎってきます。
では、心身ともにおだやか、平穏なときにチャンスを迎えるにはどうするか。
うらやましいかぎりですが、何かに挑み、想いをめぐらすことでぐっとチャンスを引き寄せることになるのではないでしょうか。
以下は、元阪急ブレーブスのアンダースロー、山田久志投手のインタビューからです。
「茶わんは二つだけ。客がくると女房は皿で食べた。
いい暮らしをするためには、人一倍練習するしかない、と思った」
不遇時代を語ったものです。
「茶わん二つ」の貧乏が、のちにあれだけの大投手を生む。
「人一倍練習するしかない」という謙虚な決意と、闘志には奮い立たされます。
ひたすらに打ちこむ人、汗も知恵も出す人、あきらめない人に、チャンスは例外なく微笑み舞い降りる。そんな気がします。
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ツキを呼びこむ! ‘07年2月12日
以前、松下幸之助さんが雑誌の対談記事でこんなことをおっしゃっていました。
「社員を採用する際の基準は何ですか?」との質問に、
「運が良い人かどうかです」。
「それって、わかるんでしょうか?」との問いに、
「顔を見ればわかります」と。
顔を見れば・・・はさすがですが、
たしかに運の良い方とは仕事でもプライベートでも、ぜひごいっしょしたいですよね。
今年のラッキーカラーは○○だ、とか、風水や方位学、あるいは家相など、
運気を上げるための方術といわれるものも多様あります。
これらのことには門外漢ですが、
どうも運気を上げるのは方術だけではなく、私たちの内にもあるような気がします。
たとえば、思考ですが
肯定的な考え方を意識し始めると脳が活性化され、
不安や不信というものをあまり思慮しないようになります。
そして、心身を静寂へといざない、
アルファ波を鎮め落ち着かせ潜在意識にも良い影響を与えます。
また、謙虚さや、感謝の気持ちなどは運気ととても波長が合うようです。
この「謙虚」「腰が低い」は後年まで成功者といわれた方の共通項ともいわれます。
たしかに、謙虚な方は誰もが心の底から助けたくなります。
謙虚さは人を近づけ、自然と生の情報も集まりやすくなります。
とすれば、ツキを呼びこむキーワードは
「肯定思考」「謙虚」「感謝します」・・・どうもここらあたりにあるような気がします。
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感情のコントロール ‘07年1月25日
「人間は起こることよりも、起こることに対する考え方によってひどく傷ついてしまう」
といいます。
結果には必ず原因がありますが、
この「考え方」が「起こること」を方向づける要素になるようです。
起こることに対する考え方には「安心、不安、楽観、悲観」などがあります。
この考え方を「習性」だから、ととらえてしまうことが多いのですが、
どうもそうとばかりはいえないようです。
行動は感情のあとを追いかけているように見えますが、
実際には行動と感情は歩調をあわせて進むといわれます。
また、感情は意志に支配されにくいけれども、
行動を変えることで感情のほうも自然と変わってくるともいわれます。
たしかに、愉快にふるまいながら、
同時に浮かぬ顔で沈み込んでいることは肉体的に不可能です。
行動を変えると、感情も変わる。
であるならば、たとえば不安に駆られたとしたとき、
意識して行動を変えてみるのも一法ではないか、と思えます。
快活(そう)にふるまう → 感情が肯定的になる → 日常のパフォーマンスエリアの上限が上がる → 穏やかな雰囲気は人と情報を引き寄せる。
行動を制御することで、感情を変えることができるのだとしたら・・・
やすらぎは外部からもたらされるのではなく自分の内にある、ということでしょうか。
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悩みと問題の混同 ‘07年1月16日
広辞苑を引くと、「悩み → 思いわずらうこと、心の苦しみ」
「問題 → 解決すべき事柄」とあります。
違いは頭のなかではわかっていても、
どうも日常では混同してしまうことが多いようです。
だれにも解決しなければならない事柄があります。
それは仕事のことであったり、子どもや家庭のこと、
あるいは健康のことであったりとさまざまです。
問題に直面したとき、まず解決策を探します。
しかし、容易に解決の糸口は見つからないことが少なくありません。
そして、ここからが問題を「問題」とするか、
「悩み」とするかの分かれ目になるようです。
注意したいのは問題の先送りです。
先送りすることで、問題はより大きくなるやもしれません。
また、やっかいなのは問題をやがて悩みとしてとらえるようになることです。
悩みとは「思いわずらうこと」ですから、
ややもすると現実を観念的にみるようになり、
結果、解決策からは遠のいてしまうことになります。
ここで肝心なことは、易きに流されないことではないでしょうか。
そのためには、
問題から目をそらさず本質を正しく見極めることが大切になってきます。
また、問題をメモにしていくことで頭のなかが整理され、
目指すべき方向がぼんやりと、あるいは明瞭に照らし出されてくることが多いようです。
「問題点は何か?」「問題の原因は何か?」「どのような解決策があるか?」
「望ましい解決策はどれか?」を書き出します。
人の記憶はあやふやな部分も少なからずあります。
また、間違った記憶を正しいと信じる傾向もあるようです。
書き出すことで、問題点や解決策は浮き彫りとなってきます。
そのあとは、逡巡することなく解決策に向けて一歩をふみだすことになります。
まわりの意見を参考にするのは大切なことですが、
解決策は必ず自分で決定せねばなりません。
責の所在を自分に置くことで、取り組む姿勢の本気度はおおいに違ってきます。
「問題は山積していても、悩みはない」という方がいます。
この思考は、問題を悩みに変えないためにもぜひまねたいものです。
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